参謀日誌|正しいはずなのに、誰も動かなかった
数字は、間違っていませんでした。それでも、現場は動きませんでした。今回は、そのときのことを書きます。
資料を渡した瞬間のことを、今でも覚えています。
「これで、方向性は決まりましたね」
院長先生はそう言って頷きました。数字の裏付けはありました。強みも課題も、根拠を持って示せていました。誰も反論しませんでした。会議は、拍手こそありませんでしたが、悪くない空気で終わりました。
ところが、翌月も、その次の月も、現場は何も変わりませんでした。
資料の外側で、何かが止まっていた
最初は、伝え方が悪かったのだと思いました。もう一度、資料を作り直しました。グラフを増やし、根拠を厚くしました。それでも、同じことが起きました。
あるとき、現場のスタッフの一人がぽつりと言った言葉が、今でも残っています。
「言っていることは、たぶん合ってるんだと思います。でも、それを誰が、どうやるんですか」
資料には、「何をすべきか」は書いてありました。けれど、「誰が」「どういう役割で」「どんな順番で」動くのかは、どこにも書かれていませんでした。正しさは示せていたのに、動き方は設計されていなかったのです。
正しい分析は、地図のようなものだと思います。地図がどれほど正確でも、それを見て歩き出せるかどうかは、また別の話です。誰が先頭を歩くのか、途中で迷ったとき誰に聞けばいいのか。歩き方そのものが決まっていなければ、人は地図の前で立ち止まったままになります。
動かない理由は、いつも構造にある
それに気づいてから、資料を作る前に、まず現場に立つようにしています。誰がどう動けば、この分析は現実になるのか。役割は誰に、責任はどこに置くのか。それを考え抜いてから、初めて数字と向き合うようにしています。
今振り返ると、あのとき止まっていたのは、スタッフの意欲でも、院長先生の判断力でもありませんでした。動くための構造が、そこに設計されていなかっただけでした。正しい分析は、出発点でしかありません。そこから先、実際に人が動き、仕事が回るところまでを、一緒に歩いています。
数字は合っているはずなのに、現場が動かない。そうしたご相談も承っております。ホームページのお問い合わせフォームからご連絡ください。
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